小林勝彦の「喜怒哀楽」そこに写真

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2002年 LeMans Vol.1

右も左も上も下もなんにもわからなかった。

2002年6月。

あるきっかけで、思い立った。
「LeMansに行こう」

実は、私が生まれて初めて見た自動車レースは、「ル・マン24時間自動車耐久レース」だった。

あれは、小学校6年生くらいだったと思う。土曜日のこと、学校から帰ったら友人から「ル・マン見に行かへんか」と誘いが来た(当時、土曜日は午前中授業だった)。なにやら、1人行けなくなったので、チケットが一枚あまったとのこと。

それならばと、友人の父親に引率されて、一緒に出かけることになった…電車に乗って。

ル・マンに電車で??
フランス国内にでも住んでいたような、話しぶりではあるけど、そんなわけはない。
70年大阪万博会場の近くに住んでいたから、フランス館は近くにあったけど、開催時にも入場していないし…

我々が出かけたのは、スティーブ・マックインが作った名作映画、「栄光のル・マン」を大阪・梅田の映画館へ見に行ったというのがオチ。

私の中では、この映画がモータースポーツの原体験ということになってしまった。
それから私は、静かに潜伏するようにル・マンのとりこになっていた。
なぜって? 誰かに話しても、ル・マンの話題はほとんどの友人が興味をしめさず、通じないんだから仕方ない。

こんなきっかけで、世にパソコン通信というものが登場したときに、本名ではなくハンドルネームというのを使うと知った際に、迷うことなく採用したのが「ユノディエール」だったというわけ。それ以来、PC関係やネット関係で知り合った友人からは「ユノさん」と呼ばれる日々がいまも続いている。

がっ、遠い遠いフランスと言う国に対して、なんの欲望もイメージもなく、まして行ってみたいなどという気持ちを持つことは、まったくなかった。事実実際にフランスの地を始めて踏んだのは、この映画を見てから約28年の歳月が過ぎていた。

実は、99年だったと記憶しているが、友人がル・マン行きを誘ってくれたことがあった、その時もまったく行く気になどならず、断っている。

(つづく)
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by kkphoto | 2010-05-17 15:26 | お話し